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父権社会の拷問器具「コルセット」を静かに淡々と描写する恐ろしさ。「北斗賞」を受賞した佐々木紺の第一句集 | ダ・ヴィンチWeb

 静かな俳句である。遠くの灯台の光を眺めるように、虫メガネで手元を拡大するように、丁寧に、静かに、日常が語られる。

 佐々木紺の第一句集『平面と立体』(文學の森)は、第十三回「北斗賞」を受賞し出版された。「北斗賞」は、俳句の未来を開く若い俳人を輩出することを目的とした賞である。40歳までの俳人を対象に作品150句を募集し、第13回は40篇の応募があったという。『平面と立体』は6章から成る。最初の句はこのようなものである。

忘れゆくはやさで淡雪が乾く

なめらかで、優しい手触りのする導入である。淡雪が乾く、その瞬間に私が忘れてしまうのはどのような光景だろうか。

街欠けてゆき紫陽花に置き換はる

 一章とは少し雰囲気が変わり、章タイトルが指すように「こちら側に図形が飛び出る」ような構造をしている。手の込んだ丁寧な句が並ぶ。

 ここまで第一章、第二章と続けて読み、続く第三章に入って、読者は句の密度が変わったことに気づく。「なめらか」「丁寧」だった句とは、明らかに手触りが違うのだ。第三章「夢を剥がす」では、句の配置に上下の差をつけ、視覚的にも楽しい章になっている。

逃げてきてまたあやとりの果ての川
蠟梅のほころび下まつげが長い

 佐々木は2014年に「BL俳句」を知って俳句を始めたという。だからだろうか、「夢を剥がす」は全体を通していわゆる「BL読み」をすることができる。そこはかとなく官能の気配がするのだ。

白菊の家族であれば隠さねば
遠き夜の父を弑する窓の雪

 父権社会の拷問器具としての「コルセット」。それを指差し、叫んで主張するのではなく、佐々木はただ淡々と描写している。そのほうが恐ろしく感じる章である。

 本稿の一行目を繰り返そう。佐々木の俳句は静かである。もちろん主張したいことはある。表現したいこともある。けれど、それをそのまま投げつけるのではなく、いったん引き取って、整えて、こちら側にそっと手渡してくる。絢爛な装飾はない。ただ我々も知る「日常」が静かに置かれているのだ。 あとがきには、佐々木のこのような言葉がある。

〈本当は全部、すみずみまで鮮やかに覚えていたいし、なにも残らなくなるまで忘れてしまいたいのです。俳句をつくるときはいつもどこかでそう思っています。〉

これから佐々木の灯台が照らす先は、虫メガネを通して発見した景色は、どのようなものだろうか。まずは目の前に置かれた『平面と立体』を味わうことで、俳人としての門出を祝いたい。             文=高松霞

句集『平面と立体』

おぼえて、わすれる

餅花や曲線のふれ合へば点

水鳥の水に吸はるるとき砂鉄

平面と立体

紙切つて紙よりもどる蝶ひとつ

かざしゐて指輪の石をとほる船

夢を剥がす

ブラウスのボタンうすくて蓬摘む

白玉や生前のこと忘れさう

コルセット

絵の中をひしりと寒鯉のとほる

芍薬のぱふと弾けて祈祷室

背を裂いて夏に生まれるワンピース

ゆふぐれを壺のかたちで白鷺は

押し花のさいごの呼吸しぐれゆく

はね橋の弧の外を冬の鷗かな

奇書

春潮や日のあたためる雲のうら

まばたきのたびに異なる海市立つ

陽炎や老人になる息子たち

玉葱を剥いてこの世の外へ出る

白鳥句集

 松下カロ『白鳥句集』は全編白鳥尽くしの一冊。11章から成る。第2章のタイトルが「ウクライナ」であり、18句が収められている。

 戦争に対して「否」という立場は前提として、それをどう表明するか包み込むか。反戦といった直接のメッセージから注意深く距離をとりながら、攻撃による自然や人間の被害の悲惨さを濃く描いたり、淡く描いたり。

 「ウクライナ」の中には読み解けそうな句もある。

白鳥を憎む白鳥ウクライナ

青年が征き白鳥が哭く童話

微笑んで白鳥もまた自爆する

 

僧と兵立つ白鳥の両脇に

紅さしてやる息絶えし白鳥へ

松下カロ『白鳥句集』考|武良竜彦(むらたつひこ)

ウクライナの舞手 - 宮澤賢治の詩の世界

白鳥の消失點にあかんばう

青年が征き白鳥が哭く童話

白鳥去りユーロ數枚落ちてをり

父母へ白鳥の羽散亂す

微笑んで白鳥もまた自爆する

僧と兵佇つ白鳥の両脇に

繃帯がほどけ白鳥ゐなくなる

白鳥へあまたの匙の曲りけり

爐心より白鳥ほどの煙立ち

白鳥はうごく歩道に乘つて來る

眼帶の内か白鳥爭ふは

抑止力白鳥の頸折るほどの

鳥歸る藁と帝國燃えやすし

パン裂けば俯く使徒も白鳥も

寝入るまで白鳥の頸握りしめ

現代俳句協会データベースより 「手袋」句

側に手袋赤し魚の腸

宙吊りにわが手袋と鵠と

左右なき手袋こそは哀しかり

左手の手袋がまた汚れている

手袋が立っているなり犬死あり

手袋に五指を分かちて意を決す

手袋に故郷の山河嵌めて恋

手袋に閉じ込めている感情線

手袋の五指恍惚と広げおく

手袋の過去を電車に忘れけり

手袋や東京駅に棲むこだま

手袋を噛んで外して義捐金

手袋を外せば約束なくなりぬ

拾ひたる手袋のまだ脈打てり

漂へる手袋のある運河かな

純白の手袋翼のごとく売る

誕生日革手袋といふ手紙

赤い手袋フロントガラスの前に揃え

足袋ひらき二夫にまみえる足入れる

白足袋の急げばそこは橋掛り 

逢わぬ日の足袋から風に乾いていく 

白足袋を中途半端に汚す一日

妄執の足袋百足も穿きつぶす

 足袋脱いで孔雀のような疲れとも

足袋に座し剃刀を当てる角度  

足袋白くて櫛歯を弾くオルゴール

小さめの足袋メビウスの帯締めて

覚めぎわの白足袋にしてすこし浮く

白足袋のぞぞぞと搦め手へ回る